芥川龍之介が今昔物語の「羅城門」を「羅生門」に改変した理由は?
羅生門と羅城門の違いと共通点にはどんなものがあるんでしょうか?
羅城門を羅生門になぜ変えた?今昔物語の改変
羅城門は平城京、平安京の都城の正門。ここを舞台にした今昔物語に材を得て、芥川龍之介が「羅生門」という小説を書きました。
羅城(らじょう) 意味は、都城の外郭
羅生(らしょう)もしくは(らせい) この言葉だけで、何かの意味をなすことはないようです。
しいて言うならば、羅生門は、城の外郭にある門のことでしょう。
芥川龍之介が今昔物語の「羅城門」を「羅生門」に改変した理由については「羅城門」を「羅生門」と変えたのではなく、中世以降「羅生門」という用字が一般的であったので、当時の常識として「羅生門」と書いただけのようです。
【羅城門の例】
『続日本紀』天平一九年六月己未「於羅城門」(747年)
『令義解』官衛・開閇門条「京城門者〈謂。羅城門也〉暁鼓声動則開。」(833年)
『今昔物語集』巻二十四の二十四「既に羅城門に到りぬ。」(平安末期)
『十訓抄』十の七「羅城門を過ぐとて」(鎌倉時代中期)
【羅生門の例】
謡曲『羅生門』「九条の羅生門にこそ鬼神の住んで」(1516年頃)
『浮世親仁形気』「渡辺の綱が羅生門へ行きたる時も」(1720年)
『江戸繁昌記』初篇「羅生門の鬼渡辺の綱と闘ふ」(1831~35年)
もともとは「らせいもん(漢音)」と呼んでいたため,漢字の表記も「羅生門」(らしょうもん/らせいもん)と書かれるようになり,表記・読みともに混用されました。
謡曲「羅生門」が知られるようになると表記も「羅生門」が一般的になって行きました。
ちなみに羅生門に改変した意味を深読みするならば、「生」は「生」、生きること、生命の「生」です。
そこで「羅」という漢字の意味を調べてみましょう。
①あみ(網)。②鳥を網で捕らえる③つらねる・つらなる。④うすもの・うすい絹織物。
このうち動詞として用いるのは②と③ですね。
したがって「羅生」の「羅」は③の意ではないでしょうか。「羅城」とは「城にめぐらした城郭」のことでしたね。「めぐらす・めぐる・つらねる・つらなる」意と考えてよさそうです。
蛇を干し魚だとウソを言って売りさばいていた女。その女の死骸の髪の毛を抜いてカツラにしようとしていた老婆。その老婆を蹴倒して夜の底へと逃げて行った下人。
いずれも「生きる」ために「悪」を働いているわけですが、小さな「悪」をより大きな「悪」が呑み込み、さらにそれよりも大きな「悪」がまたそれを呑み込んでいく。悪の連鎖ですね。その上にはかない「生」が成り立っているわけです。
そんなところから「羅生門」としたのかも知れません。極限の状況に追いやられたときの人間の、善悪・道徳・倫理を超えたところにある「生への願望・執着心」。こうしたことを私たちに考えさせてくれているようです。
羅城門・羅生門の違い・共通点は?
「羅生門」は今昔物語集の「羅城門」をベースに書かれています。
「羅城門」と「羅生門」の違いおよび共通点については
①「羅城門」では「下人」は「下人」ではなく、ただ盗みをするために上京した男である。だから「盗人」という名詞で示される。
②「羅城門」での時刻は「日のいまだ明かかりけ」る時刻であり、「暮れ方」ではない。男は明るかったので「羅城門」の下に隠れていたのである。
③「羅城門」で男は何も悩んではいない。年齢もわからない。
④「羅城門」では男は単に人が多かったので隠れる意味で上層に上った。雨風をしのぐためではない。
⑤「羅城門」で媼が抜いていたのは、死んでしまった自分の主の髪の毛である。この髪の毛をぬいて鬘にしようとしていた。この鬘をどうしようとしていたのかは書いていないが、自分が使うと考えるのが自然である。だとすれば形見にしようとしていたとも考えられる。
⑥「羅城門」では、盗人が人に語ったものを伝え聞いて書き残したとある。つまり盗人の行方はわかっているということになる。
今昔物語(羅城門の上層に登りて死人を見し盗人の語)は、あくまでも盗人が羅城門で盗みを働いた物語であり、「当時の荒廃した世相の描写」がテーマと言えます。
対して、芥川の「羅生門」は、「この社会に生きる普通の男」が、職を失って路頭に迷い「強盗になることを決意する」、価値観の揺れを描いているのです。
彼は「侏儒(しゅじゅ)の言葉」で、次のように言っています。
「道徳は便宜の異名である。「左側通行」と似たものである」。
まとめ:羅城門・羅生門の違い・共通点は?
①『羅生門』の主人公は主人から暇を出された哀れな下人だが、『今昔物語』の主人公は初めから盗人になる目的で摂津国から京都に上ってきた男。
②『羅生門』では朱雀大路の周りには誰もいなかったが、『今昔物語』では人が大勢歩いていた。
③『羅生門』では寒さを避けて夜を明かすために門の二階へ上がったが、『今昔物語』では人目を避けるため隠れるようにして門の二階へ上がった。
④『羅生門』の下人は老婆が死人の髪を抜くのを確認してから正義感に燃えて老婆を襲ったが、『今昔物語』の男は人影が怨霊や死体ではないことを確かめるために老婆を襲った。
⑤『羅生門』の老婆は下人に激しく抵抗したが、『今昔物語』の老婆はすぐに手を合わせて命乞いをしている。
⑥『羅生門』の老婆は蛇売り女の死体から髪を抜いていたが、『今昔物語』の老婆はかつて自分の主人だった女の死体から髪を抜いていた(蛇売り女のエピソードはここには出てこない)。
⑦『羅生門』の老婆は、下人に対して「せねば、飢え死にをするじゃて、しかたがなくしたことじゃわいの」とエゴイスティックな持論を展開するが、『今昔物語』の老婆はただ「お助けください」と命乞いをするばかり。
⑧『羅生門』の下人は老婆の着物を奪って逃げるが、『今昔物語』の男は老婆の着物だけでなく、死んだ女の着物と、老婆が持っていた死人の髪までも奪っていく。まさに外道。
⑨『羅生門』の下人はここでやっと盗人になる決意を固めたのだが、『今昔物語』の男には盗みを働くに至るまでの葛藤など最初からなかった。
⑩『羅生門』では「下人のゆくえは、だれも知らない」と終わるが、『今昔物語』では男がこの話を人々に伝えていくという後日談がついている。
引用:https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1318476223
都の正門である「羅城門」は、都市の内部と外部の境界にあり、「二つの世界を分ける境界」でもありました。
この場所で、主人公の下人は、死ぬか生きるかという極限の状態の中に、善と悪の境界で揺れ続け、恐怖し、怒り、ついには悪の道を選びます。
しかし、彼の状況はさまざまに変わっていくにもかかわらず、すべての場面に共通しているのは「生きなければならない」なのです。
生きるための状況が展開されるその舞台を、芥川は「城」を「生」に置き換えて「羅生門」としたのだと思います。
「生」という文字を持つこの門の重みは、この作品のテーマに関わりながら、最後まで重要な意味を持つでしょう。