映画「キャラクター」で最後のの意味は?
両角の「僕は誰なんだ」という一言はどういう意味なのでしょうか?
エンドロールの最後の音は刃物で切られた?
キャラクター(映画)結末|最後の一言の意味は?
映画「キャラクター」の最後の殺し合いのところで漫画内の山城圭吾と両角の立場が逆転していました。
つまり両角のキャラクターが山城に移り、山城が自分の描いたサスペンス漫画「34」に登場する真の殺人鬼「ダガー」になったのです。
そして山城にキャラクターを奪われ何者でもなくなった両角は「僕は誰なんだ」と問いかけます
彼が育った四人家族中心のコミュニティでは、出生したのに出生届が出ていなかったため、世の中の法的には彼という存在がありません。
両角は他人名義を使って暮らしてきましたが戸籍もなにもなかった両角にとってはきっと、山城が「ダガー」として作ってくれたキャラクターは、自分の存在価値を知ることが出来たから、嬉しかったのではないでしょうか。
山城が34を書くのをやめたので、ダガーもなくなる。
だから、戸籍も何もない両角は自分が誰なのか分からなくなったのでしょう。
キャラクター(映画)結末|最後の刃物の音は?
キャラクターの単行本だと、漫画「34」の最後で山城が描いたものには、両角が上に覆い被さって山城が下になる状態で描かれていたのですが、実際は逆でした。
これは、2人の人格が入れ替わっているということだと思います。それで狂気的な両角のキャラクターが山城の中にあり笑ったのでしょう。
入れ替わりが解けたのは夏美が病室の窓を閉めた時です。(映画の冒頭で山城がいたマンションの窓が空いていて、両角の部屋の窓も空いていたので窓が入れ替わりのトリガーだとみられます)
窓を閉めてしまったため、裁判の際に自分が誰だかわからなくなってしまった。
辺見自体は逮捕されていませんが、最後の場面を見る限り夏美(高畑充希)は子供と一緒に2人で家を帰ったのでは?と思います。
しかし、エンドロール後のナイフの音が2回鳴っていることから両角が抜け出して刺したか、辺見が夏美の元に向かい、双子と共に殺して山城の元に向かった。とも取れますね。
夏美が友達と一緒に子供を連れカフェにいるシーンがありますが、ベビーカーには1人の子供の影しかなく病室では女の子用の服に丸をつけていました。
両角に刺された時に男の子は亡くなっていたのかなと、、そして怪しげに後ろを振り返るシーンとエンドロールのナイフ音は辺見が現れてなにかした。
推測の域を出ませんが、辺見は両角のファンだったので両角が逮捕された原因である山城一家を恨んでいて殺しに行ったのかもしれません。
又は友達が見ないうちに大きくなったねと話していたので両角の可能性もあります。