加藤浩次(極楽とんぼ)といえば、今ではすっかり丸くなった印象があるものの、
かつては「狂犬」の異名を持つように、相方の山本圭壱とは壮絶なケンカ漫才が売りでした。
吉本興業の闇営業問題、並びにその後の社長の対応・記者会見では、加藤浩次の狂犬ぶりが垣間見られていましたが、
加藤タクシー設立という形で今まで抑えてきた牙をむき出しにしてきたと言えるのかもしれません。
加藤タクシー(加藤浩次の個人事務所)の名前の由来は?
加藤浩次は1989年に「バッタモン倶楽部オーディション」合格して吉本興業入りをしていたので、
2019年でまるまる30年を吉本興業で過ごしたことになります。
30年と言えば結婚でいうと「真珠婚式」とも言われる節目の年でもあるので、
吉本興業の問題がなくても、もともと独立する意向があったのかもしれません。
2019年10月1日に有限会社「加藤タクシー」として吉本興業とエージェント契約を締結したことが、
10月15日に明るみになり、加藤浩次さんは加藤タクシーの社長であり唯一の所属タレントとなりました。
この「加藤タクシー」というちょっと不思議なネーミングは、
木梨憲武(とんねるず)が手掛けるブランド「木梨サイクル」をほうふつとさせるものがあります。
木梨サイクルは、木梨憲武さんの実家が祖師ヶ谷大蔵(東京都世田谷区)で自転車屋さんを営んでいることにちなんでいましたが、
「加藤タクシー」の名前の由来はというと、同じように実家が絡んでいると思われます。
加藤浩次さんは子供のころに両親が離婚した母子家庭で育ったものの、
上京してまだそれほど売れていない時期に母親にお金の無心をしようと連絡をしたところ、
唐突に再婚したことを告白されたと、テレビ番組で語っていました。
母親の再婚相手が深野正一さんという方で、北海道小樽市でタクシー運転手の仕事をしていた人。
「加藤タクシー」という名前の由来は、義父の職業にちなんだものと思われます。
「加藤タクシー」の名前の理由は深野正一さんの死去?
加藤浩次さんが義父の深野正一さんと初めて対面したのは「めちゃイケ」の番組の特別企画、
深野少年愚連隊がきっかけでした。
ドッキリという形で義父の深野正一さんと対面した加藤浩次さんは思わず涙を流し、
その後も「義父がテレビに出たがりなんですよ」と語るなど、深野正一さんとは良好な関係を保っていたようです。
加藤浩次さんは現在「スッキリ」のMCを務めていて、最近は吉本興業の問題の余波なのか、
番組を欠席した放送回もありました。
ただ2016年にも実は加藤浩次さんは「スッキリ」のMCをお休みしたことがあって、
「身内の不幸」という風に伝えられていたものの、のちに深野正一さんが死去していたことが判明します。
加藤浩次さんが個人事務所の名前にわざわざ「加藤タクシー」と「タクシー」という単語を当てたのも、
亡くなった深野正一さんへの追悼の思いを込めているのかも?と思いました。
ただ、ツイッターに寄せられた情報によると、
加藤タクシーは平成17年(2005年)にすでに設立されていたようです。
深野少年愚連隊が放送されたのは1997年6月14日のことなので、
深野正一さんまだ健在のころに設立されていたことになり、
追悼の思いを込めているわけではなさそうです。
加藤タクシーは登記上は「有限会社」となっているようですが、
現在の商法では有限会社の新規設立はできなくなっているので、
ツイッターの投稿には真実味もあります。