串貴代加さんは2011年に石垣島で起きた漂流事故で「漂流ギャル」として注目を集めた女性。
漂流事故の詳細から、事故後の活動、現在の結婚、家族など串貴代加さんの気になるプロフィールをまとめています。
串貴代加wiki現在プロフィール
名前:串貴代加
出身地:和歌山県田辺市
生年月日:1989年6月10日
年齢:35歳
出身高校:田辺神島高校
最終学歴:大阪ベルェベル美容専門学校
串貴代加の経歴
■16時間の漂流体験 – あの日の出来事 –
2011年9月22日、串さんは専門学校時代の同級生2名と、リゾートバイト先で知り合った同僚の女性1名の計4名で石垣島のビーチを訪れました。
天気は台風一過で波浪注意報が出ている状態でしたが、観光客の彼女たちはその情報を知らずにシュノーケリングを楽しんでいました。
海に入った当初は遠浅だったため、沖に向かうにつれて波が高くなっていることにも気づかず、気がつけば沖合200メートル地点まで流されていたのです。
串さんは当時の状況について、「突然、4人とも強い波と風に流されていることに気づいたんです。『どうしよう、どうしよう…』とパニックになりました。」と振り返っています。
■生死を共にした16時間 – 希望を捨てずに –
漂流が始まってから2時間後の19時には、誰にも発見されることなく日没を迎えました。
周りは見渡す限りの海。絶望的な状況の中、彼女たちは生き延びるために、そして正気を保つために、様々な手段を取りました。
- 海に浮かんでいた発泡スチロールにつかまり、体力の消耗を抑えた
- お互いを励まし合い、歌を歌い、将来の夢を語り合った
- 眠気は死を意味するため、必死に眠気と闘い続けた
漂流中、4人はモーニング娘。の「LOVEマシーン」やMONGOL800の「あなたに」、GReeeeNの「キセキ」、SMAPの「世界に一つだけの花」など、様々な曲を歌って励まし合いました。
特に印象的だったのは、大事MANブラザーズバンドの「それが大事」を何度も歌ったことだと串さんは語っています。 極限状態の中で、この歌の歌詞が彼女たちの心に響き、生きる希望を与えてくれたのでしょう。
■過酷な状況下での友情 – 4人で生きる –
漂流から10時間ほど経った頃、4人の中で最年長だったヨシコさん(当時30歳)が、精神的に不安定な状態に陥ってしまいます。
ヨシコさんは「みんなごめん!誘った私が1番悪いの!」と泣きながら謝り、3人を助けるために「もう、私だけ流される」と言い出しました。 海に誘ったことに対して責任を感じ、自分を責めていたのでしょう。
しかし、他の3人は「4人で助かるんだ!」とヨシコさんを励まし、フォーメーションを変えてヨシコさんを守りながら漂流を続けました。
■16時間後、奇跡の生還 –
夜が明けて14時間後、ついに海岸に人影を発見! しかし、叫び声を上げても波と風の音にかき消されてしまい、なかなか気づいてもらえません。
そこで串さんは、近くを漂っていた長さ1mほどの蛍光灯を必死に振り回し、助けを求めました。 その結果、地元の消防団に発見され、4人は揃って奇跡の生還を果たしたのです。
漂流事故後
- 救助後、串さんたちは一時的に世間から批判を浴びましたが、串さんはこの経験をバネに前向きに生きていくことを決意しました。
- 漂流から半年後、串さんは地元の和歌山県田辺市に戻り、自身のエステ店「Salon Rapport.」をオープンしました。
- その後も、テレビ番組に出演するなど、様々な活動を行いました。
- 串さんは結婚を機に和歌山から福井県に移住し、「Salon Far」というお店を経営しています。
- 現在、「Salon Rapport.」は美容スクールとして運営されているようです。
- 串さんは、ヨガや筋トレ、ピラティスなどにも励んでおり、これらの活動は漂流中に感じた「体の大切さ」がきっかけになっているようです。
- 結婚後の姓は「串」ですが、旧姓は「熊代」だったようです。
- 子供がいるかどうかは、情報がなく不明です。
串貴代加のツイッターやインスタグラム
串貴代加のツイッター
串貴代加のインスタグラム
串貴代加のフェイスブック
串貴代加の高校や中学の学歴は?
串貴代加さんの通っていた中学については学校名は明らかになっていないものの、中学生の頃から美容に興味があり、エステティシャンになることを夢見ていたそうです。
出身高校は田辺神島高校で高校時代はカヌー部に所属し、インターハイや国体に出場するなどスポーツに励んでいました。
串貴代加の大学の学歴は?
串貴代加さんの学歴について、高校卒業後はどうやら大学には進学していないようです。
田辺神島高校を卒業後、大阪ベルェベル美容専門学校に進学しています。
- 専門学校では、エステ、ネイル、アロマテラピーなど、トータルビューティーを学びました。
- 専門学校卒業後は大阪のエステサロンに就職しましたが、激務のため「好きなことをしたい」と退職しました。
串貴代加の結婚した旦那(夫)や子供は?
串さんの結婚相手に関する情報は公開されておらず、馴れ初めなども不明です。
子供については、SNSなどを見る限り、現在はまだいない可能性が高いと思われます。
まとめ:串貴代加(漂流ギャル)wiki|年齢や結婚・子供は?【仰天ニュース】
2011年、石垣島で発生した痛ましい漂流事故。4人の若い女性が巻き込まれ、そのうちの一人、串貴代加さんは「漂流ギャル」として時の人となりました。彼女たちは16時間もの間、海上で命の危機に晒されながらも、見事生還を果たしました。
串貴代加さんは、高校時代はカヌー部に所属し、インターハイや国体に出場するなど、スポーツに打ち込んでいました。 中学生の頃から美容に興味を持ち、エステティシャンを志して大阪ベルェベル美容専門学校に進学しました。 卒業後は大阪のエステサロンに勤務していましたが、激務から「好きなことをしたい」と退職し、友人と石垣島を訪れます。
■漂流事故後の串貴代加さん – それぞれの未来へ –
奇跡の生還を果たした4人でしたが、救助後には一時的に心無い誹謗中傷を受けることになってしまいます。 当時、台風の上陸直後に地元の方が亡くなっており、4人は「遊びで海に来ていた自分たちが助かったことで、税金を無駄遣いした」と非難を浴びてしまったのです。
しかし、串さんはこの経験をバネに、前向きに生きると決意。 漂流からわずか半年後には、故郷の和歌山県田辺市にエステサロン「Salon Rapport.」をオープンしました。
■現在の串貴代加さんは? – 結婚、そして移住 –
2024年現在、串さんは結婚を機に和歌山県から福井県に移住しています。 旧姓は「熊代」でしたが、結婚後に夫の姓である「串」を名乗っているようです。
移住後の串さんは、福井県三方郡美浜町で「Salon Far(サロン ファー)」というお店を経営しているとのこと。 自身のサロンを持つという夢を叶え、エステティシャンとして活躍しています。
また、和歌山県で経営していた「Salon Rapport.」は、現在では美容スクールとして運営されているようです。