中野正貴の使用カメラは?写真集「東京窓景」で情熱大陸出演!

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中野正貴さんは鋭い感性と巧みな空間把握による独自の視点で東京を捉えた作品に定評がある風景カメラマンで、「TOKYO NOBODY」「東京窓景」といった作品を発表。

8×10(エイトバイテン)という大型カメラを愛用する中野正貴さんの写真かとしての活動の様子が「情熱大陸」でも放送されます。

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中野正貴の使用カメラは?

中野正貴さんが使用しているのは8×10(エイトバイテン、バイテン)の大型カメラです。

大判カメラで使うシートフィルムは大面積なので通常の35mmフィルムカメラとは比べ物にならない高画質で撮影が可能となります。

単純な比較をすると35mmフィルムカメラの画面サイズ(フルサイズ)は面積:36x24mmなのに対して、
8×10インチ(エイトバイテン、バイテン)では面積:250x200mmとなり、約58倍にもなります。

35mmフィルムカメラでの画素数を1000万画素相当として4×5のカメラの画素数を換算すると8×10カメラはなんと5億8000万画素にもなる超高精細な撮影が可能となります。

他にも、大判カメラではフィルムの面とレンズの面の相対位置を変化させる操作のこと。「アオリ」という特殊な操作が可能で、
広い範囲にピントを合わせたり、逆にピントの合う範囲を極端に狭くしてミニチュアのような写真を撮ることもできます。

■中野正貴の写真集の評判は?

中野正貴さんがこれまで手掛けてきた作品には、

「東京窓景」
「TOKYO FLOAT」
「TOKYO NOBODY」
「TOKYO」

といったものがあります。

『東京窓景』ビルや民家の窓から垣間見たシュールな風景が収められ、
『TOKYO FLOAT』では川を漂い水上を浮遊する都市像が捉えられていまsう。

「TOKYO NOBODY」見事なまでに無人となった渋谷の駅前、銀座のビル街などフィクショナルな東京が話題となりベストセラーとなった作品で、
人のいない場所を求めて、帰省や行楽で人通りの少ない年始の1月や、大型連休のある5月などに集中してなんと11年間撮り続けた写真集となっています。

東京都写真美術館で個展「東京」が開催では高度経済成長期を迎え激動の中で捉えた70年代の東京、
そして、まもなく完成を迎える新国立競技場の建設地までを収録した数々の写真が展示されていました。

中野正貴wikiプロフィール

名前:中野正貴(なかの まさたか)
出身地:福岡県
生年月日:1955年8月2日
年齢:65歳
最終学歴:武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン科(1979年)

中野正貴さんは出身地は福岡県ですが生まれてすぐに東京に住むようになり、新丸子から代官山に引っ越しをしています。

元々はあまりメラに興味もなく、大学時代には2年の夏くらいまでは授業もさぼりがち。

ただ卒業してデザイナーになるためにはカメラの勉強が必須で、
当時の武蔵野美術大学でカメラを指導していた先生がスパルタ指導で有名で、
講義では徹底的にしごかれるものの中野正貴さんは逆にできない自分に悔しさを覚えるように。

気持ちをいれ変えてやれることすべてを試した渾身の作品を見せたところ、
「これすごくいい」と褒めてくれたことからカメラにのめりこむようになったそうです。

中野正貴写真展「東京」

中野正貴の経歴

中野正貴さんの時代は美大卒がカメラマンになるなら、いったんデザイナーになってからカメラマンというのが基本筋だったそうですが、
たまたま自分と同じように美大からスタートしてカメラマンになった写真家の秋元茂に気に入られて師事するように。

1980年にフリーランス・フォトグラファーとして独立し、数々の雑誌表紙撮影や広告撮影で活躍するようになり、
その傍らで「TOKYO NOBODY」などにも掲載されるような写真も撮っていたようです。

2001年に写真集『TOKYO NOBODY』で日本写真協会賞新人賞を受賞し、
第124回直木賞受賞作家・重松清『隣人』の装幀にも中野正貴さんの写真が採用されています。

■中野正貴さんの受賞歴
2001年 日本写真協会賞新人賞受賞
2005年 第30回木村伊兵衛写真賞受賞
2008年 さがみはら写真賞2008プロの部最高賞受賞

独自の視点から東京を撮り続けて、約30年。
中野の名を一躍有名にしたのは、2001年に発表された「TOKYO NOBODY」だ。
その写真には、誰も見たことのない東京の姿があった。
誰もいない東京の街。水辺から見上げた東京。窓から見た生活の中にある東京。
写し出されたそれぞれの作品は、不思議と見る者の想像力を掻き立てる。
2005年に発表された写真集「東京窓景」では、木村伊兵衛賞を受賞。49歳で最年長受賞者となった。
ただ、それらの写真が2020年、猛威を振るうコロナウィルスによって現実のものとなった。街からは人の姿が無くなり、在宅により窓から眺めるしかない外の景色。中野は言う「写真には不思議な力がある、何故か予言の書のようになってしまった」と。
2020年、夏。猛暑が続く中、主流のデジタルカメラではなく大判と言われる大きなカメラを担ぎ、汗だくになっている中野がいた。
「この中に風景を閉じ込める。そして、どこを見るかはその人に委ねる」
不思議な力がある観る者を惹きつける写真のシャッターを切る瞬間を取材した。

https://www.mbs.jp/jounetsu/2020/09_27.shtml

中野正貴のツイッターやインスタグラム

中野正貴さんはツイッターやインスタグラムにはアカウントを開設していないようです。

中野正貴の高校や大学など学歴は?

中野正貴さんの通っていた高校については学校名は明らかにされていないものの、
大学は日本の美術大学の名門中の名門、武蔵野美術大学に進学しています。

太宰治の孫で芥川賞候補ともなった劇作家の石原燃さんや、
里山十帖の編集長として知られる岩佐十良さんらの母校でもあります。

中野正貴の結婚した嫁は?子供はいる?

調査中
中野正貴さんのプライベートについて調べられる範囲では結婚に関する情報は一切ありませんでした。

中野正貴の年収は?

写真家(カメラマン)の年収はというと、企業に所属して給与として収入を得ている場合には400万円~500万円程度の収入になるようです。

中野正貴さんの場合には、企業に所属をしているわけではなく、共感して、感動して、写真にお金を支払ってくれるファンが支えのプロのカメラマンです。

数々の賞を受賞していて、写真集を発表したり個展も開けるほどのカメラマンですから、中野正貴の年収の年収は企業勤めのカメラマンの年収よりもかなり高額になることが予想されます。

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