新沼謙治さんはバドミントン選手だった湯木博恵さんと結婚し子供(息子)を授かりますが、結婚した嫁・博恵さんは2011年(平成23年)9月7日 死去(享年62歳)
徹子の部屋で子供(息子)の現在について明かされましたが新沼謙治さんの若い頃は?
新沼謙治の若い頃は?
新沼謙治さんは中学卒業後、高校に進学せずに、地元の合板工場に就職をへて集団就職により栃木県宇都宮市の左官会社に入社
歌手を目指すようになったのは、町内会ののど自慢で優勝した新沼謙治さんにオーディション番組「スター誕生」への応募をすすめられたことから。
左官会社では、さまざまな年代の職人と共同生活していて、職場で酒を飲む時には新沼謙治さんが歌を披露して皆を喜ばせていたそうです。
「スター誕生」は実は4回も予選で落ちたものの、五木ひろしさんの「哀恋記」を歌った5度目のチャレンジで念願の合格を果たすと、男性挑戦者としては番組史上最多となる17社のプロダクションからのオファーを獲得。
ちなみに、「スター誕生」決戦で一番多く札が上がったのが桜田淳子さん(25社)。
作詞家の阿久悠氏は新沼謙治さんの声を「(滲みでる哀愁感に気持ちよく悲しい風景があり)気持ちよく悲しく聞こえる」と評しました。
そして1976年の『嫁に来ないか』で日本レコード大賞新人賞に輝いて紅白歌合戦初出場を果たしてから13年連続出場の常連組となりました。
その後も「ヘッドライト」「酒とふたりづれ」「津軽恋女」等、多数のヒットを飛ばし、アイドル並みの人気を博します。
新沼謙治の若い頃まとめ
■新沼博江プロフィール
本名:新沼謙治(にいぬま けんじ)
生年月日:1956年2月27日
年齢:66歳
身長:170cm
血液型:A型
出身地:岩手県大船渡市
出身中学:大船渡市立第一中学校
職業:演歌歌手、俳優、タレント
所属:日本コロムビア
新沼博江さんはプライベートでは1986年に結婚しています。
嫁の湯木博恵さんは1948年11月15日生まれで8歳年上の姉さん女房。
バドミントン女子シングルスで1960年~70年代に当時世界一を決めた全英オープン選手権を4度制覇した名選手。
しかし、2011年9月7日に甲状腺がんのため東京都内の病院で死去した。享年62歳。
新沼博江さんと結婚した嫁・湯木博恵さんの間には子供が2人、一男一女を授かります。
第一子の娘は文那さん、第二子の息子は翔大さん。