西郷輝彦さんは年を重ねてもなお、おしゃれでかっこいい男性芸能人の一人。
元祖イケメン九州男子で紅白歌合戦出場も果たしましたが2022年2月に訃報がありました。西郷輝彦さんのご冥福をお祈り申し上げます
西郷輝彦の若い頃からイケメン!
西郷輝彦さん 前立腺がんで死去 75歳 「星のフラメンコ」 歌手・俳優で活躍 豪州で最先端治療も
「星のフラメンコ」などのヒット曲やテレビ時代劇「江戸を斬る」などで人気を博した、歌手で俳優の西郷輝彦(さいごう・てるひこ、本名・今川 盛揮、いまがわ・せいき)さんが死去した。75歳だった。鹿児島県出身。長女はタレントの辺見えみり。葬儀は遺族の意向により近親者のみで執り行う。
西郷さんは11年に前立腺がんを患い、手術を受けて患部を摘出。17年に再発した際は、放射線と抗がん剤による治療を受けた。20年秋に受けたがん健診で、ステージ4の去勢抵抗性前立腺がんが発覚。昨年4月にオーストラリアに渡り、日本では未承認の治療を受け「がんが消えた」と報告していた
https://news.yahoo.co.jp/articles/0001e8d169a35b40e515e69f0ab1dc869c61d41b
西郷輝彦さんは1947年(昭和22年)生まれの鹿児島県鹿児島郡谷山町(のち谷山市、現:鹿児島市)出身。
高校を中退し、バンドボーイをしながら各地を転々とした後、新生クラウンレコードの新人専属歌手1号として1964年に「君だけを」でデビュー
芸名は維新の三傑の一人西郷隆盛にちなんだもの。
続く「十七才のこの胸に」とともにヒットし、同年日本レコード大賞新人賞を受賞した。66年「星のフラメンコ」がヒットし、当時人気の歌手橋幸夫、舟木一夫とともに「御三家」と呼ばれた。(徳川御三家になぞらえて命名された)。
73年に劇作家の花登筺(こばこ)に誘いを受けてフジテレビ系ドラマ「どてらい男」に主演し、俳優業に本格挑戦。
演じた山下猛造は昭和の激動期に丁稚(でっち)から持ち前の反骨心と機知で社長に上り詰める「モーやん」という役柄でこれが当たり役となり、シリーズは5期制作され77年まで放送された。
75年にはTBS系「江戸を斬る」に遠山金四郎役で主演し、時代劇に挑戦。同作も81年まで6期放送されるなど、主演ドラマが相次いでヒットシリーズとなった。
近年もTBS系「ノーサイド・ゲーム」などの人気ドラマにも出演していました。
ちなみに、『江戸を斬る』は放送当時、人気のあまり第8シリーズまで制作されましたが、シリーズごとに主役が変わっています。
西郷輝彦さんが主演をしたのは第2~6シーズンで、第7?8シーズンは、貫禄の付き始めた里見浩太朗さんが務めていました。
イケメンの西郷輝彦さんと松坂慶子演じる水戸のお姫様の恋愛模様が一番盛り上がるシリーズでした。
西郷輝彦さんと言えばデビュー当時から鼻筋スッと、目はぱっちり、輪郭もスマート、でも痩せすぎじゃなくてすらっとした体形でした。
西郷輝彦の子供(息子・娘)は?
西郷輝彦さんはプライベートでは2回の結婚歴があります(離婚経験が1回のバツイチ)
72年に女優の辺見マリさんと結婚すると、第一子となる辺見えみりを授かります。
長男はミュージシャン・プロモーターの辺見鑑孝さん。
2001年には、myco(まいこ)さん、田辺晋太郎さんとともに、3人組ユニット「Changin’ My Life」のリーダーとして、シングル「Luv.Remix」でデビュー。
現在は芸能プロダクションを設立されるなど、裏方として活動されています。
辺見マリさんとの間には、辺見えみりさんと辺見鑑孝さんの1男1女をもうけたものの81年に離婚。
90年に19歳年下の女性、明子さんと再婚すると女の子を三人授かります。
次女と三女は、次女が貴恵(きえ)さん、三女が朝佑衣(あゆき)と名前が分かっているだけで、一般人のようです。
四女はボカロP・黒魔氏と音楽ユニット「よるごはん探検隊」を結成した今川宇宙さん。