沙羅双樹と夏椿の違いは?

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沙羅双樹と夏椿の違いは?

平家物語冒頭に登場する沙羅双樹と夏椿と沙羅の木は同じものなんでしょうか?

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沙羅双樹と夏椿の違いは?

沙羅双樹と夏椿は、どちらも白い花を咲かせる木ですが、いくつかの違いがあります。

沙羅双樹は、インド原産の樹木で、日本では温暖な地域でしか育ちません。夏椿は、日本原産の樹木で、全国で育てられています。

沙羅双樹の花は、淡い黄色で、芳香を放ちます。夏椿の花は、白色で、香りはほとんどありません。

沙羅双樹は、めったに花を咲かせません。夏椿は、6月から7月にかけて、よく花を咲かせます。

沙羅双樹は、仏教では、お釈迦様が入滅した場所に生えていた木として知られています。夏椿は、沙羅双樹に似た木であることから、沙羅双樹または沙羅の木と呼ばれるようになりました。

平家物語の冒頭に出てくる「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。」という文は、沙羅双樹の花が、はかない命の象徴であることを意味しています。夏椿も、沙羅双樹と同じように、はかない命の象徴であると言えます。

沙羅双樹と夏椿は、どちらも美しい花を咲かせる木ですが、その違いを理解することで、花の美しさをより深く楽しむことができるでしょう。

沙羅双樹とは?

沙羅双樹(サラソウジュ)とは、インド原産の常緑高木です。仏教では、お釈迦様が入滅した場所に生えていた木として知られています。沙羅双樹は、幹高が30mにも達する大きな木で、春に白い花を咲かせます。花は、ジャスミンにも似た甘い香りを放ちます。沙羅双樹は、耐寒性が弱いため、日本で育てるのは難しいです。そのため、日本の寺院では、沙羅双樹に似た木であるナツツバキを、沙羅双樹の代わりに植えているところが多くあります。

沙羅双樹は、仏教では、般涅槃(はつねはん)の象徴とされています。般涅槃とは、仏教の修行の最終目的である、煩悩から解放された状態です。沙羅双樹は、お釈迦様が入滅したときに、一斉に白い花を咲かせたと言われています。このことから、沙羅双樹は、はかない命の象徴としても知られています。

沙羅双樹は、仏教の象徴的な木として、多くの寺院に植えられています。沙羅双樹の花は、はかない命の美しさや、仏教の教えを私たちに伝えてくれます。

■分類(APG III)
界 : 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
目 : アオイ目 Malvales
科 : フタバガキ科 Dipterocarpaceae
属 : サラノキ属 Shorea
種 : サラソウジュ S. robusta

■学名
Shorea robusta
Gaertner f.

沙羅双樹は京都にある東林院も有名

沙羅双樹(さらそうじゅ)という魅力的な木のあるスポットとして、京都の妙心寺の塔頭の一つである東林院は興味深い。

沙羅双樹といえば、まず思い出すのは平家物語であろう。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす・・・」。それに、お釈迦様が亡くなったとき、その死を悲しんで沙羅双樹は一斉に花を開いたという言い伝えもある。

 かなり仏教に関係の深そうな木であるが、この木の植えられている寺は数少なく、一般には簡単に見ることはできない。

 東林院は「沙羅双樹の寺」として有名で、毎年6月中旬から7月の初めまで「沙羅の花を愛でる会」として公開している。その期間以外では、1月に「小豆粥の会」があるだけで、宿坊として利用可能のようであるが、通常は拝観できない寺である。

 東林寺には10本の沙羅の木があるらしいが、高さが約15mあり樹齢約300年といわれている古木がひときわ目立っている(左の写真)。

 沙羅は「ナツツバキ」の別称であり、梅雨時に一番下の写真のような白い椿のような花を咲かせる。花は朝咲くと夕方には散るというというところから「一日花」とも言われるが、「今日なすべきことを明日に延ばさず、確かにしていくことがよき一日を生きる道である」という釈迦の教えと、「一日だけの生命を精一杯咲き尽くす」という沙羅の花とは相通ずるものがある。

まとめ:沙羅双樹と夏椿の違いは?

古来、日本では「夏椿」と呼ばれる植物に「沙羅」という異名があります。これは、「平家物語」の冒頭にも登場する有名な表現です。文章では、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。」とあります。

「平家物語」の作者は、「諸行無常、盛者必衰」というテーマを表現するために、釈尊と縁のある「祇園精舎」と「沙羅双樹」を冒頭に使用しました。ただし、実際に「祇園精舎の鐘」や釈尊が「沙羅双樹の間」で入滅したかどうかは、詳しくは分かっていません。

「沙羅双樹」という概念は、釈尊入滅に関連しています。伝説によれば、釈尊が入滅した際に、周囲の樹木の花が急に開花し、白く変わり、鶴が集まったとされています。

一方、「夏椿」という植物は、ツバキ科に属し、日本や中国などで見られます。夏に美しい花を咲かせる特徴があります。「夏つばきの花」は、咲いては直ぐに散ってしまうため、諸行無常や盛者必衰の理を象徴するものとされています。

「平家物語」の作者は、実際にインドの「沙羅双樹」を知っていたかどうかは分かりませんが、日本の「夏椿」の花が「沙羅双樹の花」として描かれた可能性があります。

「夏椿」の花は、実際には淡い黄色の小さな花であり、枝の先端に咲きます。この花は短命で、咲いてはすぐに散ってしまいます。そのため、夏椿の花は一時的な美しさを持ち、儚さや過ぎ去りゆくものの象徴とされています。この特徴から、「夏つばきの花」は「諸行無常」と「盛者必衰」の理を表現するのにふさわしい白い花と考えられています。

つまり、「沙羅双樹の花の色」が「夏椿の花」を指していた可能性があります。ただし、具体的に「沙羅双樹」が釈尊入滅時にどのような変化を起こしたのかは、詳しくは分かっていません。

このように、「沙羅双樹」と「夏椿」は、それぞれ異なる植物でありながら、「平家物語」の冒頭において類似したテーマとして用いられています。夏椿の儚さと沙羅双樹の象徴的な意味が重なり合って、諸行無常や盛者必衰という人間のあり方や世界の変化を表現しているのかもしれません。

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