「センチメンタルダイナ」は笠置シヅ子の代表曲の一つ。
笠置シヅ子はNHK朝ドラ「ブギウギ」のヒロイン鈴子のモデルともなっていますが、「センチメンタルダイナ」の作詞作曲は誰?
センチメンタルダイナ|作詞は野川香文
センチメンタルダイナの作詞は野川香文です。
生年月日:明治37年(1904年)生まれ。
享年:昭和32年(1957年)没
出身大学:早稲田大学建築科
1930年代初頭、戦前5大新聞のひとつである『時事新報』の学芸部在職中より大井蛇津郎(「大いにジャズろう」のもじり)のペンネームでジャズ評論を始め、1950年代後半には、当時ジャズの専門誌であった『ミュージック・ライフ』(新興音楽出版社:現シンコーミュージック・エンタテイメント)の中心的執筆者となり、ジャズの普及に尽力。
ジャズを本格的に研究し出したのが昭和5年(1930年)頃から。
評論のほか訳詞・作詞・レコードの企画制作も手がけ、淡谷のり子の代表作「雨のブルース」(服部良一・作曲)の歌詞は野川によるものである
肝臓、腎臓の持病があり、昭和32年(1957年)7月31日脳出血で亡くなった。
センチメンタルダイナ|作曲は服部良一
センチメンタルダイナの作曲は服部良一です。
出身地:大阪府大阪市中央区
生年月日:明治40年(1907)10月1日生~平成5年(1993)1月30日没 85歳
小学校:大阪市立生魂小学校
高校:大阪市立実践商業学校
服部良一は、1907年(明治40年)4月27日、大阪府大阪市で生まれました。芸事好きの家族の影響で、幼い頃から江州音頭や河内音頭を子守唄代わりに育ちました。
小学生の頃から音楽の才能を発揮し、大阪市立実践商業学校に通いながら、ラジオ放送用に結成された大阪フィルハーモニック・オーケストラに入団し、第2フルートを担当しました。ここで指揮者を務めていた亡命ウクライナ人の音楽家エマヌエル・メッテルに見いだされ、メッテルから4年にわたって音楽理論・作曲・指揮の指導を受けました。
1934年(昭和9年)、大阪から上京し、コロムビアの専属作曲家となりました。翌年には、藤山一郎と奈良光枝の歌唱で「青い山脈」を発表し、大ヒットとなりました。その後も、「蘇州夜曲」「別れのブルース」「雨のブルース」「東京ブギウギ」など、数々のヒット曲を世に送り出しました。
服部良一は、ジャズやラテン音楽などの西洋音楽を取り入れ、日本独自のポップスである「和製ポップス」の礎を築いた作曲家として知られています。また、映画音楽や演歌など、幅広いジャンルの音楽を手がけ、日本の音楽界に多大な影響を与えました。
1987年(昭和62年)、品川区名誉区民に選出されました。1993年(平成5年)2月、古賀政男に次いで作曲家としては2人目となる国民栄誉賞を受賞しました。同年9月17日、心不全のため85歳で永眠しました。
服部良一の代表曲は、以下のとおりです。
青い山脈(藤山一郎・奈良光枝)
蘇州夜曲(霧島昇・渡辺はま子)
別れのブルース(淡谷のり子)
雨のブルース(淡谷のり子)
東京ブギウギ(笠置シヅ子)
リンゴ追分(松原操)
南国土佐を後にして(藤山一郎)
船頭小唄(淡谷のり子)
ブギウギでセンチメンタルダイナ作詞作詞は藤村薫と羽鳥善一
朝ドラ『ブギウギ』、「東京編で3人の注目キャスティング」が物語を一気に盛り上げる理由
ここでの注目はビッグネームの登場。『東京ブギウギ』『青い山脈』『別れのブルース』などの名曲を手がけた作曲家・服部良一さんがモデルの羽鳥善一を草なぎ剛さん、「ブルースの女王」と呼ばれた淡谷のり子さんがモデルの茨田りつ子を菊地凛子さん、吉本興業がモデルの村山興業の御曹司・村山愛助を水上恒司さんが演じます。
スズ子にとって、羽鳥は「音楽の師匠」、りつ子は「生涯のライバル」、愛助は「最愛の人」という作品の核となる重要な存在。特に羽鳥とりつ子は第1話のオープニングにも登場するなど、『ブギウギ』という作品にとってスズ子に次ぐポジションだけに、本格的に登場する第6週から一気に盛り上がりそうなムードがただよっています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/b18bf85a3daf73e3712f3da8e2c5ff318d768bf3
NHK連続テレビ小説(朝ドラ)「ブギウギ」で草なぎ剛さんが演じる羽鳥善一は作曲家・服部良一さんがモデルとなっています。
同じく宮本亜門さんが演じる藤村薫が野川香文です。