「サマータイムレンダ」の最後(ラスト)で結末は?潮は記憶を思い出したのでしょうか
そうだとしたらなぜ影のウシオの記憶があるのでしょうか。
サマータイムレンダの結末ネタバレ|最後で記憶は?
サマータイムレンダの結末について、網代慎平と潮、南雲竜之介は300年前まで飛んで影の生まれる原因を消去しました。
影の存在しない世界線になり、慎平と潮だけが漠然とそれまでの周回の記憶を「夢」として見ていました。
その話を聞かされた、南雲ひずるは仮説を立てて新作「サマータイムレンダ」を執筆し始めます。
そして、祭りの夜、花火を見ながら何気ない会話をしていた慎平と潮は、話しているうちに詳細に記憶を思い出した事に気づきます。
ただあのシーンの潮がオリジナルの記憶しかないのか、影の記憶だけ持っているのか、両方の記憶を持っているのか、はたまた実は思い出してないのか作者は好きに想像してくれっていうことでああいう描き方をしたのでしょう。
ちなみに、潮が南雲先生を島に呼んだから全てが始まるとされていますが、まだ何も起こっていない状態からどうやって南雲先生を呼んだのかというと、10周目の世界(鶏)はウシオ(卵)がいたからこそ生まれた世界であり、慎平たちの勝利は四次元的に確定していたんです。
そのことから全ての始まりは、恐らく潮の影(ハイネの1部)が生まれたことでしょうね。
作中でも話題に上がった『卵が先か、鶏が先か』ですね。シデは『卵が先』と言っていました。
全ての戦いが終わったウシオはハイネの力を使って過去に飛び、全て無かったことにします。そして、卵であるウシオは鶏であるこの結末に慎平を辿り着かせるために自分の能力である時間を操る力を授け、ひづるを島に呼びました。2人がいなければ鶏が生まれなくなり、卵であるウシオも存在しないことになってしまうからですね。
実質的な無限ループですが、10周目を終えた慎平たちはウシオが作ってくれた何も起こらない世界に行くことができます。
また『サマータイムレンダ』というタイトルについて、慎平の使うタイムトラベルは、実は過去に戻ってるワケではありませんでした。
元となる時間をデータ化して、そこから新たな時間を複製していますが、情報処理の分野で『レンダリング(レンダ)』とはデータ集合体を元に演算処理を行い、そこから映像、音声、質感を生成する技術。
一夏の日々をレンダするから『サマータイムレンダ』となったのでしょう。
まとめ:サマータイムレンダの結末ネタバレ|最後で記憶は?
サマータイムレンダの結末は300年前に戻ってクジラを消して影がいない世界になったというもの。
最後にヒルコを消したあと、潮がひづる先生の携帯に日都ヶ島へ来るように録音を残したのは本来潮達が過ごしていた世界線の過去の自分たちが影のいない世界線にたどり着けるようにするため
観測者である慎平の死んだ世界線は最終的には消えてなくなりますが、同時にすぐ消えるわけではなくしばらく残るようです。
残った人たちにはそこが観測外の世界線なのかどうかは認識する事はできません。
つまり、過去も残っているわけだから、同じ時間を経過してくれないと、ウシオがそこまでたどり着けたという事実も改変されてしまうかもしれない、という事なのでしょう。
最後の慎平はループしていないと思われます。普通に生きてきて「たまたま故郷に帰る前に変な夢を見た」慎平です。
影がいる世界線の潮は消えたはずなのに、何故影のいない世界線の潮は慎平と同じく記憶を曖昧ながらも持っていて最後に記憶を2人とも取り戻すことが出来たのかは不明です。
影ウシオが最後の力で2人に記憶だけプリントしていったのかもしれません。