昔話「浦島太郎」のお話ではどんな教訓をえたかったんでしょうか?
「浦島太郎」の教訓には何か有るのでしょうか?
浦島太郎の教訓は?救いがない意味が分からない
昔話「浦島太郎」は亀に恩を仇で返されたという見方もできるので救いがない話しでもあります。
竜宮城で時間を奪われてしまったわけですから正直者は馬鹿を見るというのが教訓なのでしょうか?
まず「すべてのおとぎ話は何らかの教訓を含んだ寓話である」と考えることが間違いの元となっています。
各地(海外も含む)の色々な説話や伝承などが子供向きの話として
定着していく中で、残酷な描写や難解な部分がカットされるなど、
色々な改変が行われました。
教訓の意味合いを持たしたのもそのひとつです。
そもそも、私たちが知っている浦島太郎の話は明治四十三年から昭和二十四年までの国定教科書「尋常小学読本」の「ウラシマノハナシ」がベースとなっています。
そのルーツは室町時代の「御伽草子」で大体の形が整ったとされますが、「浦島太郎説話」には数々のパターンがあり、下記に紹介されています。
そのうちの一つ、「御伽草子版浦島太郎」によりますと
浦島太郎は丹後の漁師であった。
ある日、釣り糸に亀がかかったが、「亀は万年と言うのにここで殺してしまうのはかわいそうだ」と逃がしてやる。
数日後、一人の女人が舟で浜に漕ぎ寄せて自分はやんごとなき方の使いとして浦島太郎を迎えに来た。
姫が亀を逃がしてくれて礼をしたい旨を伝え、太郎はその女人と舟に乗り大きな宮殿に迎えられる。
ここで姫と3年暮らし太郎は残してきた両親が心配になり帰りたいと申し出た。
姫は自分は実は太郎に助けられた亀であったことを明かし玉手箱を手渡す。
太郎は元住んでいた浜にたどり着くが村は消え果ていた。
ある一軒家で浦島何某の事を尋ねると近くにあった古い塚がその太郎と両親の墓だと教えられる。
絶望した太郎は玉手箱をあけ、三筋の煙が立ち昇り太郎は鶴になり飛び去った。
こうして、鶴になった太郎は蓬莱山に行き、仙界の一員となった。
その後、浦島太郎は丹後の明神として、亀と一緒に夫婦神として祭られている。
という事で浦島太郎の話は本当は太郎が神になって亀となった姫と夫婦神として祭られる「めでたい」話なのです。
しかし、
現在の浦島太郎の話は事のてん末の部分がカットされている。
私達現代人には神や仙人となり永遠の命を欲する思想が馴染まない。
等の理由により玉手箱のくだりには妙な違和感だけが残り、教訓らしいものが分からない・意味が分からない話になっています。
浦島太郎の教訓は?みんなの意見・感想は?
いわゆる教訓話は仏教説話や社会道徳から生まれたものが多く、因果応報とか勧善懲悪だとかを教えようとします。「鶴の恩返し」「笠地蔵」「花咲かじいさん」などは前者、「桃太郎」は微妙ですが後者に含まれるでしょう。
それらに対して『浦島太郎』や『かぐや姫』は古代の伝承であって、教訓から生まれたものではありません。いわば都市伝説のようなものです。ですから不条理な結末であっても受け入れるしかないのかもしれません。
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1人を助けてお礼をもらうのはいいが、それで浮かれてはいけない。
2酒や女におぼれるとあっという間に人生が終わってしまう。
3何事にも良いこと悪いことがある
4疑いの心を少しは持て
かな?
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玉手箱は別に老化するガスが詰まってるわけじゃなくて、太郎の玉の緒(生命)を現世に留め置くためのものだというのがわたしのわたしの解釈
亀の迂闊な行動により太郎は時間を奪われてしまったわけだけど、それに対して乙姫様はできる限りのことはやったんじゃないかな