テレビ番組「日本を変えた!あの重大事件の新事実2020▼緊迫の救出劇をドラマで再現」で2018年の九州豪雨の最中、多くの住民の救助につながった黄色いタオルのsosが紹介されました。
東峰村の「自分のいのちを災害から守る7か条」という黄色いタオルで、「全国黄色いハンカチ推進本部」でも以前から黄色いタオルの使用を呼び掛けていました。
九州豪雨のsos黄色いタオルは東峰村
2018年7月に発生した「西日本豪雨」では、九州をはじめ岡山県・広島県・愛媛県などで未曽有の被害をもたらしました。
死者263人
行方不明者8人
負傷者484人(重傷141人、軽傷343人)
住家の全壊6783棟、半壊1万1346棟、一部破損4362棟、床上浸水6982棟、床下浸水2万1637棟
公共建物の被害720棟、その他の非住家被害6100棟
河川の氾濫や洪水、土砂災害などの被害があちこちで同時発生する中、自衛隊や消防によって救助活動が行われ、
それでも九州北部豪雨の被害は死者・行方不明者は42人に上っています。
人口約2,000人の小さな山村の東峰村は福岡県内で最も高齢化が進んでいて高齢化率は41.9%(2018年4月1日現在)
他の自治体に比べて、被害が大きいのかとお思いきや、東峰村の技セ者はなんと3人のみ。
豪雨災害が起きた2017年7月5日に東峰村にいた人のうち42%もの人は、自主的に自宅や職場などから安全な場所へと避難して被害を免れています。
さらに避難したタイミングも他のの自治体に比べて2時間ほど早いことがわかり、背景には幸福の「黄色いタオル」作戦がありました。
黄色いタオルに「自分のいのちを災害から守る7か条」
東峰村では東峰村では2017年にも九州北部豪雨で甚大な被害を受けていたことを受けて、
「いかに高齢者をスムーズに避難させるか」を目的として、2015年から毎年村ぐるみの防災訓練を毎年繰り返し実施していました。
高齢者の避難を手助けするサポーターや避難経路も事前に決められていていたほか、
迅速な避難を促す東峰村独自の「自分のいのちを災害から守る7か条」が書かれた黄色いタオルも村民全員に配布されていました。
ちなみにタオルに黄色を選んだのは、東峰村が俳優の故・高倉健さんのゆかりの地で、主演映画「幸福の黄色いハンカチ」にちなんでのことだそうです。
黄色いタオルは災害時の安否確認にも
東峰村の黄色いタオルは自宅を離れて避難する時に玄関先などに結び「避難済み」であることを示すルールもありました。
これは、常総市中妻町の「根新田町内会」(茨城県)のアイデアで、
平成27年9月の東日本豪雨では携帯電話に情報を一斉送信するシステムを活用し、住民の逃げ遅れを減らした自治体として知られています。
タオルは34センチ×100センチの大きさの黄色地のタオルには大きく「無事です」とプリントされていて、
災害時に屋外の見えるところにタオルを置くことで自分たちの無事を周囲に知らせ、負傷者の早期救出につなげる狙いがあります。
全国黄色いハンカチ推進本部とは
黄色いタオルを使った災害時のSOS作戦は割と最近になって始まったものですが、以前から「全国黄色いハンカチ推進本部」というものがあります。
障害者、何らかの持病がある方、高齢者が、誰でも外出先で発作などに襲われて声を出せない時に、周囲に手を貸してもらうためにSOSを送る合図として黄色いハンカチを振るというもの。
NPO法人「黄色いハンカチ推進本部」は一般の人々に対して、路上などで黄色いハンカチを振っている人を見かけたら手を差し伸べて、必要に応じてすぐに救急車を呼んでもらうように啓蒙活動をしている団体です。
きっかけは重度の心臓病に冒された宇野弘信(2005年2月没)さんが、自身の体験をもとに1988年4月にスタートさせ、「誰もが安心して歩ける世界にしたい」をモットーにしています。
昭和63年から始めた「黄色いハンカチ運動」キャンペーンでは、宇野弘信さんは私財投げ打って一人ではじめ、
キャンペーン中、何回も酸素ボンベに世話になりながら精力的に活動を続けます。
夜には手術間もない胸の傷跡から出血し下着が真っ赤に染まっていたこともあるほどで、
「キャンペーンは無理!」という担当医に「死んでも一切の責任は問いません」 の一筆を残しキャンペーンを続けていました。
NPO法人「黄色いハンカチ推進本部」はそんな宇野弘信さんの意思を受け継いでいるわけですが、
宇野弘信さんは黄色いハンカチの提唱者であると共に、『宝石画』の考案者でもある。
大手術後、4日間にわたり生死の間をさまよった時に幻想に見た観音像を 宝石画にし、鹿児島県内の 筋ジストロフィーの国立病院へ願いを込めて寄付しています。